古い記録〜「あの戦争上巻より」〜泰緬鉄道〜
開戦から7ヶ月の頃、昭和17年6月29日ー7月5日の紹介です。
泰緬鉄道
旧日本陸軍によって建設されたタイの現トンブリー駅からナコーンパトム県、ラーチャブリー県、カーンチャナブリー県を通り、ミャンマーのヤンゴンを結ぶ鉄道ですが、現在では両国国境付近の鉄道は撤去されており、タイ側のトンブリー駅からナムトック駅まで使用されている様です。
泰緬鉄道と言えば「映画、戦場にかける橋」で有名ですね。
コレです ⇩
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しかしこの「あの戦争 上巻」には
「戦場にかける橋」はフィクションという記事が出ています。どこがフィクションなのでしょう。
映画「戦場にかける橋」の舞台となった橋はメクロン永久橋(全長約300m)
は泰緬鉄道唯一の鉄橋。
映画では、捕虜の技術指導によって(木橋)が完成するというストーリー仕立てになっていて、それが事実と思っている人が多いのではないでしょうか。
私もこの記事を読むまで全く知りませんでした。
コレがフィクションだと記載されています。
工事は昭和17年7月下旬から開始され、陸軍鉄道第九連隊が橋脚工事を担当、その後マレーから転戦した第四特設鉄道隊が、ジャワから運ばれた十一連の曲弦トラスの橋桁を組み立て、翌18年5月に完成した。
捕虜は建設資材の運搬などを行なった。
工事に携わった久保田さんはガス溶接が本職という方で、「橋脚工事などには捕虜がたくさん働いていた。しかし、彼らが指導してつくったと言うことはない。ジャワから分解して運んだ鉄橋は、四特の橋梁隊があっという間に組み立てた」と語っています。
フィクションと書かれたその内容は捕虜が技術者として役割を果たした、と言う部分ですね。
しかしこの鉄道工事で、危険な作業、劣悪な環境、乏しい食糧事情など複合的なことでおよそ1.6万人の捕虜とアジア人労働者4万人とも7万とも言われる死亡者を出したことは間違いのないところでしょう。
私も観光目的で泰緬鉄道の一部をこの目で見た経験があります。
その時特に感慨にふけることもなく観光した様に思います。
なんとも申し訳のない気持ちになり、反省しております。
さて今日はここまでに致します。
今回も読んで頂き、ありがとうございました。